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せきれい丸 9

日記
07 /09 2020
IMG_5206.jpgせきれい丸 第九場面
沖へ出ると、西風に あおられて せきれい丸は 横倒しになったまま すぐに沈んでしまった。 デッキにいた僕は 放り出されて 海の中ヘ引き込まれてた。

せきれい丸 8

日記
07 /05 2020
せきれい丸 八場面
1945年12月9日朝 せきれい丸は 定員の三倍もの乗客を 乗せたまま 岩屋港を出た。空は晴れていたが 強い風で波は高かった。それでも 船は 明石港ヘ向けて 走り続けた。IMG_5164.jpg

せきれい丸 7

日記
07 /02 2020
IMG_5129.jpgせきれい丸 7場面
船長が 止めるのを聞かず 無理やり乗りこんで来る人たちで せきれい丸の中は 人と荷物で 溢れかえっている。僕はデッキへ上がった。りゅうた君は 船室ヘ降りたのか 逢えなかった。

せきれい丸 6

日記
06 /23 2020
IMG_5085.jpg


IMG_5084.jpgせきれい丸 6場面

たかし 明石のおばさんヘ お芋とさかなを 持って行っておくれ。
母さんに言われて 港へ行ったら 明石ヘ食料を運ぶ人たちで いっぱいだ。 さかなを 箱につめて 運んで来た人に 突き飛ばされた。 戦争に負けて 皆の心が とげとげしくなった。 たかしくーん 船の上から 仲良しのりょうたくんが よんでいる。

せきれい丸 5

日記
06 /17 2020
fullsizeoutput_2bc9.jpeg「せきれい丸」5
父さんが 死んだ。
たくさんの 兵隊さんが 乗った船が アメリカ軍の攻撃で沈んだのだ。
父さんは ずうっと 海の中に いるんだ。
海の向こうの 明石の町が 燃えているのが 見える。
大阪や東京にも 大きな空襲が あったようだ。
広島、長崎に 原爆を落とされて 戦争は 終わった。

yukihlko

はじめまして
田島征彦のHP
http://www.tajimayukihiko.com/
を管理している、
征彦の娘であり、周吾の妹のかの子(かのぼん)です。
 私は、15歳まで京都の八木町という丹波の山奥で幼少時代を過ごしました。
41歳になった今でも、あの頃の生活は大切な宝物です。
そして、父にとってもとても思い出深い日々であり、エッセイ「口丹波呑呑記」(飛鳥出版室)に丹波での日々を書いています。
 HPを作る話が出た時、一番に「呑呑記」が頭に浮かびました。
ブログの「おのころ島呑呑記」はここから取りました。
(2017年3月より「新・おのころ島呑呑記」)
おのころ島とは、田島家が10年前に移住してきた「淡路島」の別名です。

田島家に起こった珍事件や呑気な出来事を、子育てそっちのけで、2011年夏より住んでいる大阪より綴ってまいります。
~2011年からはしゅうぼんの妻あいさんも執筆に参加!!よろしくお願いします~
田島家:お父ちゃん(征彦) お母ちゃん(英子) ななぼん(菜々) しゅうぼん(周吾)とあいさん  かのぼん(かの子)・・・そして、婿殿たちや、姪っ子、甥っ子・・・